1.総論~はじめに
「一帯一路」の背景
- ①世界発展軸のユーラシアへの回帰、アンガス・マデイソンのGDP 推計(1820~2030)
- ②古代文明発祥地、黄河文明、インダス文明、メソポタミア文明、エジプト文明さらにギリシア、ローマ文明、ユーラシア、北アフリカの一角に誕生
- ③BRICSと「一帯一路」(BRI)
- ④SCO(上海協力機構)、EEU(ユーラシア経済連合)と一帯一路
- ⑥第3の物流革命~北極海・氷上シルクロードの出現
- ⑥一帯一路と運命共同体論
- ⑦ユーラシアグループ・イアンブレマー代表の「中国戦略論」と宇沢弘文博士の「人と経済」理論、渋沢栄一の「論語と算盤」理論と一帯一路
2.各論~陸の拠点「西安」と海の拠点「天津」の動向
- ①シルクロード陸の拠点・西安と「一帯一路」北京会議
- ②中国北方天津市「海の物流拠点と自由貿易特区」の現状
3.結論;ユーラシアを制する者は世界を制する~
アジア・ユーラシア物流革命時代の到来
- ①地政学からの視点
- ②アジア・ユーラシア物流革命時代の到来
1.総論~初めに
「一帯一路」の背景
- ①経済発展軸のユーラシアへの回帰、アンガス・マデイソンのGDP推計(1820~2030)
アンガス・マデイソンのGDP推計によれば200年前の1820年には中国の世界に占めるGDPは32.9%、インドが16%、アジア全体で59.3%と約60%を占めていた。これに対し、西欧23%、米国1.8%、日本3%、先進地域は27.9%。それが第二次世界大戦後の1950年にはそれぞれ、中國、4.6%、インド4.2%、アジア全体では14.9%に落ち込み、逆に米国が27.3%、西欧26.2%、日本3%と先進国が59・9%と逆転した。
2003年には中国15.1%、インド5.5%でアジアは40.5%、米国20.7%、西欧19.2%、日本6.6%で先進国49.6%となった。
12年後の2030年には中国23.8%、インド10.4%、アジア全体では53.3%、米国17.3%、西欧13%、日本3.6%。先進国は36.4%と200年前の1820年に近付きアジアが先進国を逆転。すなわち世界は、19世紀のパックス・ブリタニカ、20世紀のパックス・アメリカーナの時代から21世紀は中国、インド(Chindia)の時代、即ち、パックス・チンデイア、パックス・アシア―ナの時代に回帰する。
更に注目すべきは東南アジアには4000万人以上の華僑、華人ネットワークがあることだ。彼らはいわゆる目に見えない中國国家(Invisible State of China)、仮想現実国家中国(Virtual State of China)を構成し、東南アジアでビジネス、金融、情報分野で隠然たる力を発揮している。この強力な東南アジアの華人・華僑ネットワークが今後、アジアで特に海のシルクロード構築に際し力を発揮することを認識する必要がある。
すでに香港のリカシングル―プはアジアを中心に港湾建設で力を発揮している。このような経済史的観点から中国のユーラシアの東から西ヨーロッパへの物流網、インフラ、貿易再構築のグローバル戦略「一帯一路」(Belt & Road Initiative=BRI)を理解すべきである。
かかる動きも含め、ヨーロッパ諸国はアジアに注力し、AEM(アジアヨーロッパ会議)を2年に一回、開催し、アジアとの関係強化を努力している。 - ②古代文明発祥地、黄河文明、インダス文明、メソポタミア・シュメール文明、エジプト文明の4大文明、更にギリシア、ローマ文明もユーラシア・北アフリカの一角に誕生。世界最大の版図を誇った蒙古帝国もその活動の中心はユーラシアであった。かくして地図、火薬、羅針盤、シルクなどがマルコポーロも活躍したシルクロードを経由して中国からヨーロッパへもたらされ、ヨーロッパの近代化に貢献したのである。まさしく「一帯一路」は陸と海からシルクロード再構築の歴史的背景を踏まえた中国の遠大な21世紀の戦略であると理解すべきであろう。
- ③BRICSと「一帯一路」(BRI)
BRIは21世紀に発展する地上最大のユーラシア大陸とアフリカ大陸の結合を目指す中国の世界戦略である。
それはまた21世紀の新興国、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中國、南ア)の協力の強化にも貢献するであろう。その動きはAIIB(アジアインフラ投資銀行=本店:北京、資本金1000億ドル)に続くBRICS開発銀行(本店:上海、資本金500億ドル)の設立にも見て取れる。今後ユーラシアの有力国、中國、インド、ロシアを中心にアフリカの雄、南ア、南米の雄、ブラジルが一帯一路でさらに協力を深め、穏然たる力を発揮するであろう。ちなみに第2回、一帯一路首脳会議は2019年にインドで開催することが決定している。 - ④SCO(上海協力機構)、EEU(ユーラシア経済連合)と一帯一路(BRI)
SCOは22年前の1996年に中国、ロシア、タジキスタン、キルギスタン、カザフスタンの5か国で結成され、上海ファイブとして誕生した。2001年にはウスべキスタンが参加し6カ国のSCO(上海協力機構)が誕生。
中央アジア6カ国の政治・経済協力機構として実績を上げてきた。2017年には南西アジアの有力国、インド、パキスタンの加盟によりSCOの人口は30億人となりユーラシアでの政治・経済分野での影響力をさらに強化した。
一方、ロシア主導の、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア、キルギスのEEU(ユーラシア経済連合)もSCO同様、「一帯一路」の一種の下部機構として活動を強化しており、今後ともSCOとともにBRIの重要なパートナーとして活動をしていくものと思われる。
「一帯一路」については習近平主席が2013年にカザフスタンで「陸のシルクロード構想」、インドネシアで「21世紀海のシルクロード構想」を発表したことが発端との見方があるが、筆者はその背景には1996年に発足の中国、ロシアが主導した「上海ファイブ」、2001年にカザフスタンを加えた「上海協力機構(SCO)」の20年近い協力の経験がすくなからぬ影響を与えているのではと見ている。SCOの20年近い貴重な知験がBRIの設立と運営に役立っているのではないだろうか。 - ⑤ 第3の物流革命~北極海・氷上シルクロードの出現
19世紀のスエズ運河、20世紀のパナマ運河に続き、2018年に通年の航行が始まる北極海のLNG自走砕氷船の出現は世界の物流に対してスエズ運河、パナマ運河に匹敵する世界の物流革命を齎らすとみられる。ロシアの北極海のヤマル半島のLNG基地からのアジア向け自走LNG砕氷船の通年運航が18年に開始される予定である。
これは「一帯一路」の陸のシルクロード、海のシルクロードに続く、21世紀・北極海氷上シルクロードの出現となり、世界に第3の物流革命をもたらすことになるだろう。ロシア北極海ヤマル半島LNG基地建設には日本の日揮。自走LNG砕氷船建造には韓国・大宇造船所が参加。LNG船運航には中国海運と日本の大阪三井
商船が参加。ロシア、中国、韓国、日本の協力が動き出している。このLNG船がロシアのLNGを中国、韓国、日本、アジアに輸送する計画は「一帯一路」に画期的な北極海物流革命をもたらすだろう。その推移に十分注目すべきであろう。 - ⑥「一帯一路」と運命共同体論
3月24日に桜美林大学千駄ヶ谷キャンパスで開催のアジア・ユーラシア総合研究所の研究発表会で国際貿易投資研究所研究主幹の江原規由氏は一帯一路の根底に中国の人類運命共同体の概念があるとの注目すべき見解を発表された。
「今日、このような壮大な理念やプランを世界に提起し、コンセンサスを得られる国は、中國を置いてほかにない。現在 中国は世界経済の成長率に対する寄与率で世界トップの30%を占めているなど多くの点で世界に多大な貢献をしている。人類運命共同体の理念に同調し、その構築に参加する国が増えている。中國が国際社会において、その利益を代弁するとしている発展途上国や100余カ国が支持・参加する一帯一路は沿線国から支持を受けている。」と発言があったが筆者も全く同感である。 - ⑦ ユーラシア・グループ、イアン・ブレマー氏の中国戦略論と宇沢弘文博士の「人と経済」理論、渋澤栄一の「論語と算盤」理論と「一帯一路」
未来予測研究家のイアン・ブレマー氏は「今日、世界で未来志向に基づき、世界戦略を打ち出している国はヨーロッパでもアメリカでもない。それは唯一中国のみだ」と喝破している。これは中国の未来戦略「一帯一路」を指しているのではないか。
ノーベル経済学賞候補の呼び声高かった故宇沢弘文博士は著書『人と経済』でアダム・スミスの国富論の“There is no wealth,but life”より「富を求めるのは、道を開くためである」と解し、経済に倫理、道徳の必要性を力説しておられる。
明治時代の日本資本主義の父、渋沢栄一は有名な著書「論語と算盤」でこれまた倫理の必要性を強調しておられる。中国の「一帯一路」戦略が世界の人類共同体、格差の無い人類の幸せを希求するものであることを祈念したい。
2.各論~陸の拠点「西安」と海の拠点の一つ「天津」
- ①シルクロード陸の拠点西安「一帯一路」北京会議
2017年8月24日北京にて第二次中日(陝西)合作検討会(陝西省~日本ビジネス交流会)が陝西省商務庁、JETRO北京事務所主催で開催された。「一帯一路」の陸の拠点の一つとなる「西安」関係者が参加するとのことで筆者はこの会議に日本から参加した。西安側からは一帯一路の陸のシルクロードの起点となるところより、日本からの一帯一路への参加を強く要請があった。だが日本側は腰が引けており、将来の為に「一帯一路」関係情報を収集しようとの感が否めなかった。筆者はこれに対し、21世紀のユーラシアにおける巨大プロジェクトとしての一帯一路に日本としてぜひ参加すべきだと主張した。日本企業関係者は日本本社が「一帯一路」に日本政府や経済関係機関に気兼ねし現地日本企業は積極的に動くことに慎重で消極的な雰囲気であった。
中國側の説明で西安近辺は陸のシルクロードの拠点として特に陸、空の物流網の構築、関連施設、インフラの建設が急速に進んでおり、日本の出遅れが痛感された。このままでは日本は欧米や韓国などの外国勢に大きく出遅れることが危惧される。長期的かつ戦略的な日本の対応が強く望まれた会議であった。 - ②中国北部海の拠点の一つ「天津」
北京、上海、重慶とならび中央政府直轄市である天津市は広大な敷地に先端的かつ意欲的な健康医療特区、自由貿易試験特区、工業団地を有し、かつ中国北部の海のシルクロード主要港として今後、「一帯一路」に関して重要な拠点の一つになるとの認識から日本ビジネスインテリジェンス協会(BIS)ミッション18名を2018年1月29日~2月1日に派遣し、現地視察を行った。天津市はJETROと協力のMOUも結んでおり、日本との関係強化に熱心であった。今後高齢化が進む中国にあって、天津市はとくに健康医療について長期的な観点から戦略を練っており、今後の日本の健康医療協力、医療観光分野での重要な相手との印象を強くした。上海、シンセン、広州などに次ぎ、中國で2017年コンテナー取扱量で第6位の天津港は広大な敷地に廣いコンテナーヤードを有し、天津から120キロの後背地北京を有する天津市は「一帯一路」の北部中国の海と陸の物流の結節点として重要であるとの認識を強くした。
新幹線で40分と首都北京市にも至近な港湾都市であるところより、一帯一路にも関心が高く、しばしば「一帯一路」研究会や講座、講演会が開かれ研究が進んでいることを実感した。日本にも近い中国北部港湾都市ゆえ、今後日本との提携強化が肝要との認識を強くした次第である。
3.結論
~ユーラシアを制するものは世界を制する~アジア・ユーラシア物流革命時代の到来
- ①地政学からの視点
地政学者で有名な英国のマッキンダーは『ユーラシアの心臓部、中核を制する者が世界を制する』と主張。一方、米国のスパイクマンは『ユーラシア大陸の周辺沿岸部を制する者はユーラシアを制し、世界を制する』と喝破した。カーター大統領元補佐官のブレジンスキーは『地球上で最も重要な舞台のユーラシア大陸への積極的関与が米国の覇権維持のためには必須だ』と21世紀に最大の発展をするユーラシアの重要性を強調している。グローバルビジネス、グローバルマーケテイングの観点からも21世紀はユーラシアを制する者が世界を制する。21世紀はユーラシア大陸が世界のインフラ建設、貿易、投資の主戦場になることは経済史的にも地政学、地経学上も間違いないところである。日本はアジアからヨーロッパへ続く世界最大の版図を有するユーラシアの重要性を認識し、「一帯一路」、そのプロジェクト資金を融資する「AIIB」(アジアインフラ投資銀行)への参加を日本の21世紀の世界戦略、グローバル戦略として真剣に考慮すべきである。 - ②アジア・ユーラシア物流革命時代の到来
既に検証してきたように1820年代は中国、インド(Chindia=筆者の造語)、アジアで世界のGDPの60%近くを占めていた。
18世紀後半の英国での産業革命で人類は「農耕時代」から「工業時代」に突入。経済の発展軸が英国へ移動した。Pax Britanicaの到来である。その結果、「七つの海を制し、日没することなき大英帝国」が出現した。
しかし『イギリスの覇権(パックスブリタニカ)最大の要因はイギリスの産業革命ではなく(中略)イギリスが物流を重視したことである。「玉木敏明『物流が世界史をどう変えたのか」PHP新社。
その英国も第二次世界大戦で疲弊。戦後、世界経済発展の軸は米国へ移動。Pax Americanaの時代が到来。米国が世界に君臨した。しかし米国も2008年のリーマンショックを機に国力が下降。21世紀に入り、世界経済発展の軸がアジアに回帰しつつある。再び、Pax Chindia Pax Asianaの時代が到来。アジアが急速に発展興隆しつつあることは、これまで見てきた通りである。
21世紀のグローバル・マーケット競争は価格、品質が均等化し、最期の競争優位の要素は物流費の低減如何となりつつある。中國が主導する「一帯一路」戦略はアジアからヨーロッパへ陸と海から物流網を構築し、国際競争優位を齎す国際貿易、投資戦略である。国際競争力は運賃、すなはち物流費が重要となる。
IOT、AI、 ロボテイクス、Industrie4.0などの技術革新時代を迎え、品質、価格はほぼ均質化、均等化しつつある。グローバル競争時代の最後の競争優位のカギは物流費の削減が中心となる。この意味で国際物流・輸送戦略が21世紀の競争力を左右する。以上から中国主導の「一帯一路」戦略はユーラシア物流戦略でもあると言っても過言ではないだろう。
まさしく物流でユーラシアを制する者が世界を制する。「一帯一路」物流戦略は19世紀のスエズ運河、20世紀のパナマ運河に続き、アジアからヨーロッパにまたがる世界最大の版図のユーラシア大陸(5070万KM2、陸地面積の34.1%)、地続きのアフリカ大陸(2920万KM2、19.6%)を21世紀に陸と海から結節する壮大なグローバル物流戦略である。
さらに先にも述べた如く、「一帯一路」に続く、第4の物流革命としてのユーラシア大陸の北辺部、北極海航路の氷上シルクロード海運革命が2018年に実現する。この意味で「一帯一路」は世界の経済、物流に一大革命をもたらすだろう。かかる状況下、わが日本がこの「一帯一路」構想と「AIIB」への参加に出遅れることは歴史に逆行することとなり、悔いを千載に残すことになるだろう。一日も早い日本の参加を切望する次第である。
以上
(参考資料)
2017年5月14~16日、29か国の首脳、70の国際機関代表、130か国の代表、合計1500人が参加した。
初の「一帯一路」首脳会議で習近平国家主席は最終日に次の点を強調。- 1.「一帯一路」を平和、繁栄、開放、創新、文明の道に
- 2.400億ドルのシルクロード基金を2千億元(約1.64兆円)増資する
- 3.中国国家開発銀行、輸出入銀行がインフラ整備に3800億元の特別貸し出しを行う
- 4.会議期間中30以上の国と経済貿易取決めに調印。関係国と自由貿易協定を協議する
- 5.2018年から中国輸入博覧会を開催
- 6.今後3年間に「一帯一路」建設に参加する途上国と国際機関に600億元を援助
- 7.「一帯一路」の途上国に20億元の緊急食糧援助を行う
- 8.国際機関による沿線国家への協力事業に10億ドル(1130億円)を提供する
次回「一帯一路」首脳会議は2019年にインドで開催する。
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